フィジーの小説ブログ

思いつくままに小説を書きます。転載は禁止です。恥ずかしいから。

一厘のドラゴン(いちりんのどらごん) 2

オゼが次に目を覚ましたとき、太陽はほとんど真上まで昇っていた。うっすら開いた視界の端から、握りこぶし大の蟹が横断する。それは島の周辺に生息するイワガニで、小さな虫や海藻を求めては、あちこちの岩場をせわしなく巡っていた。


目の前を通過しようとしたところで、オゼは素早くその蟹をわしづかみにした。 口のなかへと放りこんで、ばりばりと音をたてて噛みくだく。固い甲羅と淡白な身、濃厚な内臓が口のなかでまじり合う。


四角い岩から身を乗り出して、オゼは海面から頭を突っ込む。海水を目一杯のみこんで、じっくりと喉をうるおす。目を凝らしてみれば浅い海の底、鮮やかな色をした小魚が群れをなして踊っていた。


追いかけて食べようかと考えて、止めた。

オゼはまだやるべき日課を終えていない。海中から頭を引き上げると、のっそり島の中央へと向かっていく。


高くそびえる一本の巨大な鉄杭。威圧感に満ちたそのシンボルには、島の名前を冠するだけではなく、様々な意味を持っていた。上端はウミドリの巣で賑わっていたし、影の動きは時計の針として重宝していたし、日陰から触れるとひんやりと気持ちがいいし、


なによりオゼの母親が、柱のふもとに埋葬されていた。

一厘のドラゴン(いちりんのどらごん) 1

 水平線のはるか彼方、じわりと光が溢れてくる。墨を流したような海と空が、ゆっくりと群青色に染まっていく。どこに身を潜めていたのだろう。巨人のような白い雲があちこちにそびえ立つ。今日も暑くなりそうだな。海岸の大岩にあぐらをかいて、黒髪の少年はぼんやりと思った。


 彼は夜明けの空を見るのが好きだった。鉄杭島(てっくいじま)を無限に囲う青い海の果てから、朝日が迎えに来るのを心から待ちわびていた。いつも眠い目をこすりながら家から這い出ては、どうにかして海岸までやってくると、波打ち際で力尽きたように座りこむ。落ちつく場所は毎日ちがっていて、今日は四角い大岩の上だった。


 そっと頬をなでているのは夜風だろうか。彼は最後に益体もないことを思い浮かべた。満足した彼は岩肌に寝そべって、夢のつづきを追いかける。


 少年の名前はオゼと言った。

 この島に残る唯一の人間にして、この世界に生きる最後の竜だった。